九州アートディレクターズクラブ

BATON TALK

Posted on 2018-08-21

小山田さんからバトンをいただきました小山智子と申します。

小山田さんといつから仲良くなったのか覚えていません。

なんか豪快な銀髪の兄ちゃんがいつのまにか頼りになる信頼しうる存在になってました。

小山田さんは、良い意味でも悪い意味でも男くさい男です。魅力的な人間です。

 

さて、バトンを受け取ったので語りましょう。

少し長いですがお付き合いください。

 

 

 

 

「人生の半分が仕事なのに、その仕事がつまらないなんてもったいない。好きな事を仕事にしよう。」

 

18歳のころ、私は心の底からそう思い3ヶ月で事務職を辞めました。

それからずっとデザイン業界に足を置き、

現在デザイナー兼ディレクターとしてフリーランスで仕事をしています。

 

32歳のころ、デザイン書道に出会いました。

そして42歳で「書家になろう」と決心しました。

 

デザイナーになりたかった。なれて走り続けてたら、新しいなりたいものに出会った。

だからまたそれを目指して走り続けている。それだけ。

 

43歳の今もまだ思っています。

「あと40年はたぶん死ねない。その40年を、社会一般的な「年だから」という理由で

いろんな事をあきらめて過ごすなんてつまらない。40年かけて書の道を進み本物の書家になろう。」

幸いにして書の道は深く永く、40年かけても今の書の師匠には追いつけないでしょう。www

死ぬまで追い求めるものがあるって幸せですね(^_^)

 

 

 

養老孟司が『超バカの壁』という本で

「仕事とは社会に空いた穴だ。道に穴があったらみんなが転んで困るからそこを埋めてみる。

ともかく目の前の穴を埋める。それが仕事であって、自分に合った穴が空いているはずだなんて

ふざけたことを考えるんじゃない。仕事はお前のためにあるものじゃなく社会の側にあるものだろう」

と書いています。

 

12年前に読んだ時には、デザインが向いているのか。。と悩んでいたりしてたので、

「あー。。えーー?!わかるけどなんかモヤモヤする。。。」と微妙に納得いったようないかないような。。

それで、ずっとこの言葉が心の中に残ってました。トゲみたいなもんだったんでしょうね。

 

でも今はわかります。

仕事とは、社会でどれだけ自分(の時間とか労力とか能力とか)が役に立てるかどうかであると。

 

日本では一般的に、生活をするため(給料をもらうため)に仕事をする。という考え方がありますが、

(最近はそれも変化してきていますが)

アメリカでは、世の中に貢献できた対価として収入をもらう。という考え方が一般的だそうです。

似て非なるもの。私はアメリカの考え方に深く頷きました。

 

 

フリーランスをやっていると、収入が安定しません。

当たり前ですが、収入が少ない時はあまり仕事をしていません。

つまり世の中に私の役に立てる事を提供していないのです。

逆に自分の持ってるスキルやアイデアやいろんなものを提供しているときは、

収入や次の仕事に繋がることが多いです。

 

単純だし当たり前の話なのですが、仕事と収入の関係をそんな風にシンプルに捉えられたら、

自分がどう仕事と向き合うのか、どんな仕事をしていくのか、

自分の持ってる材料で世の中に何を提供できるのか、常に考えて行動できるなと思いました。

そのときに、自分に合った穴はないかもしれないけれど、

それでもどの穴を埋めるのか選択する権利はこっちにあるよね、養老さん。とも思いますけどね。

 

 

さて私は書を通して、何をどんな風に世の中に提供できるのか。

どんな穴をどんな風に埋めるのか。その答えを探しながら日々を送っています。

書に関することで、何か必要なことがあったらいつでもお声かけください。(^_^)

 

 

 

 

・・・と、なんかまとまった感じなのでここで終わればいいのですが、

もう一つだけ語ってもいいですか?

なかなかこんな機会もないので、もう一個だけ自分の考えを書かせてください。

 

 

 

 

私には書道に関する師匠が二人います。

 

一人目は、11年前に出会い、私に書の面白さ楽しさを教えてくれたデザイナーの平松聖悟先生。

彼との出会いが私の人生の方向を大きく変えました。この方なくして今の私はあり得ません。

 

 

二人目は、4年前に出会い、本物の書の道をご指導いただいている書家の松田朴伝先生。

伝統と革新、本物を見抜く力、確かな技術。彼について書にまつわるあらゆることを学んでいます。

 

 

お二人とも私の夢を本当に真剣に応援してくれていて、惜しみなく自分のもっているものを

私に与えようとしてくれます。

技術や時間や考え方や物の見方や経験や知識や道具や資料や。。。

ご自分の時間や生活を裂いて、私にこれらの全てを与えようとしてくれるのです。

 

 

その時思いました。「あぁ。。私はこの人の人生を食べて生きているのだな。」と。

 

 

先生からいただいている、教わっているものは、その前の先生から、先生が受け継ぎ

自分の人生をかけて研き進化させてきたもの。

それを私は惜しみ無く与えられ、自分の血肉にするべくいただき糧にしているのです。

そうして私がこれをまた研き世の中に出していくことで、

それはまた誰かの何かに繋がっていくのです、きっと。

 

それを思った時、私たちの人生は、誰かの命をいただいて生き、

誰かの命になって死ぬことなんだと思いました。

 

 

私は先生の命を人生をいただいて、書を学んでいます。

デザインもまた然り。人生もまた然り。

私たちデザイナーが「これいいなー。かっこいいなー。」と思うデザインは、

誰かが自分の能力を注ぎ込んで作り、世に出したものです。

それが私たちの美意識や感性を肥やしてくれていた。

 

なんでもある時代。なんでも手に入る時代。

でも、人としての、活きる骨力とか価値観とか美意識とかそういった大切なことは、

側にいてくれる周りの人から口伝てに背中越しに、学んでいくのだなと思います。

だから「人は一人では生きていけない」とか「まわりの人に感謝して」とか言うんだな。

 

 

たくさんの人の愛情と人生をいただいて今を生きてる。

ひ弱であっていいわけがない。粗雑であっていいわけがない。

自分を不幸にしてはいけない。幸せであった方がいい。

強く優しく生きた方がいい。

強かったら自分を守れる。
優しかったら周りの人を守れる。

そうしたら、そんな人生を次の人にきっと食べてもらえる。

 

 

 

 

人生の半分が仕事。仕事と人生は同じもんだ。

生き方は仕事に出る。

仕事を通して生き方が出来る。

自分がどう生きるのか、何を世の中に提供していくのか。

いつも自分と向き合って、自分の答えを探し続ける。

 

どうか、私のこんな姿も、どこかの誰かの栄養になっていけますように。

 

そんな風に仕事をしています。

 

長くなりました。お付き合いいただきありがとうございました。

 

 

平松先生の職歴50周年記念パーティにてパフォーマンス揮毫

 

『日新(日に新たなり)』

朝になれば日が新たに生まれるように

人も一日一日新たな自分になって生きられる。という意。

 

 

 

次回のBATON TALKは・・・

小山 智子
pass the baton!

次にバトンを渡すのは、コピーライターの大曲康之さんです。
博報堂で長くお仕事をされていた大先輩のクリエイターさんです。
ライブ会場やイベント会場でしかお会いしませんが、
静かでなんだかとぼけていて独特の偏屈さがお話ししていて面白いです(^_^)
どんな考えを持っているのか知りたいです。
どうぞよろしくお願い致します。

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