BATON TALK

Posted on 2017-10-3

鹿児島出身で同い年の宮元くんからバトンを受け取りました、冨永デザインの冨永功太郎です。鹿児島でデザイン事務所を営んでます。

 

宮元くんからバトントークのお話があったとき「来た球は打つようにしてるので~」とカッコつけちゃいましたが、いざとなると何書いていいか迷っちゃいますね。
 
自分の仕事はグラフィックデザイン全般と、たまにCMの企画・演出、地域ブランドや商品のディレクション等。まさに来た球を打つように何でもやってきました。

 

薩摩焼酎マーク

 

旅する丸干し

 

地元のプロダクションに就職したての20代前半、事務所で定期購読していたブレーンやコマフォトを食い入るように見ては、毎月、興奮と焦りを感じていました。気になるビジュアルを見つけると、作者のプロフィールの生年月日が気になったり。

 

そんな中、電通九州の伊藤さんや春高デザインの春高さんが、九州の仕事で掲載されているのを見て「夢があるなぁ。」と思いつつ、版下とMacの移り変わりの時期で全然使えないペーペーの自分にとっては、正直リアルに感じれないところもありました。世界が違うというか。

 

できない自分と、思うように作りたい気持ちのジレンマから逃げるように、事務所に内緒でクラブイベントのフライヤーをバイトで頻繁に作っていました。

 

その流れでクラブや美容室のロゴのお話を頂いたり、それに付随したツールの依頼が来たりと、個人の仕事のボリュームが増えてきた頃、自分一人くらい食っていけるだろうと勢いで独立。※ちなみに当時の事務所の社長には、何年か経ってから自分の身勝手を謝りました!

 

フライヤーやショップの仕事、地元の雑誌社に売り込んだりしながら自宅兼事務所で何とかやっていました。でも、自分が本当にやりたかった場所からどんどん離れていっているような気がして。つたないポートフォリオを持って代理店に売り込みに。

 

ディレクターの方から「広告の実績が少ないね。」と言われながらもチャンスを頂き、フリーの身でしたが仕事の中で仕事を教えて頂きました。

 

徐々に場数も増えていき10年くらいが経った頃、2011年にK-ADCが発足。「K-ADC鹿児島行脚」と題して福岡のクリエイターの方々が鹿児島に来られて交流会がありました。

 

はじめはかなり気後れもありましたが、みなさんのポートフォリオに刺激を受け、次の年に開催されるK-ADCアワードにダメ元で出してみようと思いました。

 

ちょうどその頃、鹿児島県主催の企業とデザイナーのマッチングの事業があり、今まであまり機会がなかった商品のパッケージの仕事が増え始めた時期でもありました。

 

鹿児島県内のさらに地方に打ち合わせに行き、社長に直接会ってヒアリングをし、場合によってはそのまま一緒に飲みながら更に腹を割って語り合い、仲間のようになっていく感じ。

 

地方のお客さんからしたら、よそからいきなり来て、先生みたいな顔で自分の作品のようなデザインして二度と来ない感じ。そんな風にはなりたくないなと思って。

 

 

去年から始まった仕事で「指宿鰹節」のブランディングがあります。

 

元々は「山川鰹節」と言って、最高級品の本枯れ節は全国の約7割のシェアを占め生産量全国一を誇るブランドなのです。しかし現状は、同じ県内の「枕崎鰹節」の知名度が圧倒的に高く、山川の名は影を潜めていました。

 

そこで、10年前に山川町と市町村合併した、観光地として有名な“指宿”の名で再スタートを切りたいというお話しでした。

 

ただ、プロの料理人の間では質の高い山川鰹節の知名度は高いのに、本当に“山川”の名を消してしまっていいのか?今まで広報に力を入れて来なかったから認知度が低いだけなんじゃないか?という疑問が湧き、一回目のロゴは「山川鰹節」メインで提案しました。

 

オリエン破りの提案に、指宿市の職員の方や、加工業組合の方、組合に入っている鰹節メーカーの社長数名は、かなり半信半疑なご様子。

 

その後、提案物を持ち帰られて、組合の参加企業29社も含め再度話し合いが行われました。「山川のままでいいのではないか。」、「本当は山川の方が良かった。」等の意見が出て、もう一度改めて検討して頂けました。

 

最終的には結局「指宿鰹節」に決まったのですが、マークに山川の文字を図案化し、山川港の形状が鶴の形に似ていたことから“鶴の港”と呼ばれ、それも組み込めたので、指宿と山川の両方の想いを重ね合わせたロゴマークになりました。

 

指宿鰹節

今回もはじめに現地にお伺いし、鰹節の作業工程を案内してもらい、夜はみなさんと飲みながらじっくり語ったのですが、デザインの仕事もそういうことが大事なんじゃないかと思います。

 

デザイナーだからといって、マークの形や売れる為の事だけ考えるのではなく、その商品が生まれた土地に触れたり、生産者の話をじっくり聞いて想いを汲み取ることが大切。作る人の気持ちを想いながら作るデザインには気持ちが反映されて、そこから自然発生的に醸し出す雰囲気が生まれると信じています。

 

 

前までは都会の仕事に憧れてコンプレックスばかりが強かったのですが、K-ADCに参加した事で自分の立ち位置や役割を再確認することが出来ました。今は地元の仕事に誇りを持っています。

 

K-ADCメンバーのみなさん!また一緒に飲んで語りましょー!

次回のBATON TALKは・・・

冨永 功太郎
pass the baton!

次にバトンを渡すのは鹿児島のお隣り、宮崎の小野さんです!

K-ADCのイベントに鹿児島から一人で参加したときに、小野さんの顔を見つけるとなんかホッとするのです。

お仕事もまさに人柄が滲み出るような、優しくて温かみのあるデザインをされる方です。

今度ゆっくり腰を据えて飲みましょうね。

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